2008年01月10日
久々のストーリー・オブ・たまかずらです。

なんと昨年の9月18日以来だったんだ~(◎ー◎;)ビックリ
10、11月と体調が悪くてオバQになっちゃったし、
思わぬアクシデントに見舞われたりで、心身ともに疲れてたのね…
そうそう、忘れもしません、初めてSBS学苑に電話したのです。
ダメで元々とHPで電話番号を調べかけてみました。
こちらの趣旨を伝えると担当の方に代わってくださいました。
女性の方で、(ほとんど女性スタッフなのだ。)
リンパマッサージのカルチャーを行いたいと話したところ、先方もそお思っていたとの事。
ナイスタイミング!(^。☆)キラーン
早速必要書類を送ってくださいました。
早速、講座内容やカリキュラム、経歴、資格などを書き込み送りました。
後日担当の方に直接お目にかかりお話しました。
そして、確認されたのは特定の商品などの宣伝販売活動ではないか、ということ。
ネットワーク商法などに絡んでいないかのチェックでした。
退職したばかりで、一切そういうことには関係ないので即クリア。
4月13日に初講座と相成りました。
ヾ( ̄∇ ̄=ノ バンザーイ♪ヾ(_ _)ノ モヒトツヾ= ̄∇ ̄)ノ バンザーイ♪
2007年10月19日
ストーリー・オブ・たまかずらvol・8

SBS学苑・美肌リンパ講座開講決定!
美容部員からスタートした私ですが、その間子育ての時期があり、
人生の折り返し地点を過ぎた所で、フェイスプランナーの養成に通ったのも、
リンパマッサージのインストラクターの資格を取得したのも、
今にして思えば、カアルチャーの先生になりたかったのかも知れません。
私の母は、静岡で最初にカルチャーでお花とお茶を教えていました。
(今でも現役で頑張っています。)
SBS学苑に電話したところ、担当の方が出て下さいました。

電話の趣旨をお話したところ、その方も、リンパマッサージの講座を開設したいと
思っていたところだと言う返事でした。 good timing!

早速、申請に必要な書類を送って下さいました。

経歴や、何をしたいか、ネットワーク販売に関わっていないかなど記入して返送しました。
チャンスの神様は居ました!しっかり前髪掴みました!!
そして、4月に初めての美肌リンパ講座を開講する事になったのです。
2月1日に退職して、3ヶ月まさかこんなに早く実現するなんて。
でも、日程が決まり、だんだん近づいてくると、不安になってきます…
受講して下さる方がいるだろうか、何をどう伝えたら良いのか…

そしてついに、その日がやって来るのでございます。
肌養生・たまかずら倶楽部
2007年09月13日
ストーリー・オブ・たまかずらvol.7

ご無沙汰しました。久々のストーリー・オブ・たまかずらです。(〃^ー^〃)
リンパセラピスト、インストラクターの資格は取りましたが、その時、就いていた仕事も大好きでした。
会社の人たちも、部長を始め、課長、事務方の方たちと恵まれていました。
何も無い所から、イメージを作り、形にして行く仕事は、とても遣り甲斐のあるものでした。
でも、その先が無いのです。派遣会社でしたから、クライアントとの契約が切れてしまったら、
次のクライアントがビューティとは限りません。何より、年齢の限界がありました。
つまり、どんなに頑張っても、正社員にはなれないのです。
部長と話した事もあります。
20代の私には、今の仕事は出来ない、経験を積んで来たからここまで来たと…。
正社員になれないのが悔しいのではありません。女性として、ただ、年齢の枠だけで
くくられて、切られて行くことが、とても辛かった。
子供を産み、子供を育て育てられ、様々な思いを積み重ねて来たからこそ、こうして頑張れるのに、
その間が、空白としか評価されず、年齢で切られてしまうなんて!
でも、辞めてしまったら、もう、二度と戻れない…とても悩みました。
三か月悩んで、退社する決心をしました。頑張っても、先がないなら、思い切って次に進もう、
チャンスの神様の前髪をつかもう!と。
会社に退職の旨を伝えましたが、誰も引き留めてくれません。私って、要らない人間だたのだ…、
と思い、ほっともし、寂しくも感じました。まさか、皆が、冗談だと思っていたなんて!
嘘や冗談で、退職の意思表示なんてしませんって。┐(,,¬ε¬,,)┌ もー
年末年始休暇の後も、私の意思は変わらず、退職する事が決まりました。
そんな時期、宮永理事長と電話をしていた時です。私が、SBS学苑でカルチャーをやりたい、と言ったところ、宮永先生が、電話して御覧なさいとおっしゃったのです。でもその時は、心の中で無理だよなぁ~(*-゛-)ウーン・・と、電話を切りました。が、しかーし、どーせダメでもともと、電話してみよう!と
思い直し、ダイヤルを回したのです。ヽ(´o`;モシモシ?
肌養生・たまかずら倶楽部
2007年08月28日
ストーリー・オブ・たまかずらvol.6
さてさて、フルで仕事を続けながら、リンパセラピストの修行が始まりました。
何故、私が「日本美容健康普及会」に決めたのか…化粧品を押し売りしなかったからです。
初めて体験会に参加し、資格取得の話の後、必要なのはジェルだけでした。ビックリです!
先生(現理事長)のお話も納得の行くものでしたので、そのままセラピストの受講を受けました。
元は美容部員の私です。マッサージなど、みっちり叩き込まれた積もりでした。でも、すでに30年も昔の事でした…大体、お客様に勧めても、遊ぶのに忙しくて自分の顔なんてマッサージしたことなかったし、子育ての頃は、メイクもしていなかったし。覚えられないの!忘れちゃうの!これって、よる歳波ってやつでしょうか…そうか、仕事で毎日繰り返しやっていたからスグ覚えたのね。若かったし…正直、なんで始めたのかと後悔しました。 ┐(,,¬ε¬,,)┌ お手上げ
とはいえ、仕事の休みを利用し、モデルになってくれる娘がいないので、友達に体を貸して貰いながら必死でした。(みんな、ありがとね~(*^∀^)人(^∀^*))
今にして思うと、よくあんな忙しい中で頑張ったもんだと、我ながら感心します。
でも、本当に自分の人生にとって、背水の陣だったのです。子育てが一段落し、翌年には下の子も東京に旅立つことになっていました。さみしいけれど、私が私に戻れる日がやって来るのです!
40歳の時思ったのです。80歳まで生きるとしても、半分終わってしまった!あと半分しか無い!
Σ( ̄ ̄ ̄Д ̄ ̄ ̄lll) ガビーン
子供たちが巣立った後の人生を、私自身として生きていこう。充実した人生を送りたいと。
でも、忙しすぎて、そんなことは、当時の私の頭の中には無かったかも…(^^ゞ
それでも、セラピストの資格は私の物になりました。(≧ω≦)ノヒャッホーィ♪
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2007年08月17日
ストーリー・オブ・たまかずらvol・5

フェイスプランナーになる為の研修に、疑問を感じながらも参加していましたが、やはり方向がちがうように思い、このまま続けても自分にとって将来に繋がらないのではないか…でも、かなりの時間とお金を掛けて来たのに、歳も取っちゃたし…(*-゛-)ウーン・・と悩んでいました。
そんな時、ある記事にリンパマッサージの講習会が載っていたのです。直観的に、いいな!と思いました。リンパの流れを整えるということは、自然治癒力を高める事。理にかなっています。とにかく、参加したいと思いましたが、残念ながら日程が合いません。ならば、(*^-^)ヘ_/で探せばきっと教えてくれるところがあるはずと、検索開始 あった、あったと、早速電話してみました。ヽ(´o`;モシモシ?
当然また、東京か大阪まで通わなければならないと思っていましたが、な・なんと静岡で受講出来ると言うのです!(≧ω≦)ノヒャッホーィ♪ 日本リンパ美容健康普及会は、本部が沼津にあり、静岡にもサロンがあるというのです。しかも、自宅から車でひとっ走りです。ピューッ!≡≡≡ヘ(*゚∇゚)ノ
早速教えて頂くことになりましたが、先生が全国を飛び回って忙しいうえ、巷は夏の盆休みという時期でしたので、一か月近く先送りになってしまいました。 w(゜o゜*)wマジ!? 回りからの、まだ懲りないの…という反応に、自分自身もこれで最後にしよう!と思いました。時間も費用もこれが限界。
けれど、私が私自身として生きる為の最後の挑戦です。家族の為でも、子供の為でもない私自身を生かせる道を見つける最後のチャンスと心に決めました。( ̄^ ̄)キッパリ!
されど、仕事を続けながらの道は、険しいものでした… (yTДT)yだあぁぁぁ~
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16:59
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2007年08月15日
ストーリー・オブ・たまかずらvol・4


さて、なんとか卒業証書は手にしたものの、ここからがフェイスプランナーの研修の始まりです。ところが、私が入校した時点でのシステムと変わったのです。静岡から通っている事、年齢など最初からハンデがあるのは承知の上で始めた事でしたが、このまま続けて行く事に大きな不安を感じました。
その頃、仕事面でも、クライアントが変わり大きな変化がありました。とにかく自分の居場所は自分で作る!が心情の私です。公私ともに、再スタートを切ったのです。 e(^。^)g_ファイト!!
フェイスプランナーの研修は、月に一度のカルチャーの見学、レポートの作成でした。東京に通う必要が無くなり、時間的にも経済的にも楽になりました。
ところが、クライアントが変わった仕事の方は、当然担当店舗も変わりました。又、前任者が既に退職していた為、引き継ぎもありません。
何をどうしたら良いのか…聞くにも聞く相手もいず、クライアントとは、連絡の行き違いから誤解を受け、さんざんなスタートでした。~(^^?))(((;^^)?
でも、仕事が出来て当たり前の年齢です。出来ないとは、意地でも言えません。それでも毎日、店頭を回っているうちに、何をすれば良いのか、検討が付くようになって来ました。次は、効率アップと、他メーカーとの差別化が必要だと思いました。 (^。☆)キラーン
その為には、パソコンでの店頭ポップの作成が必要です。その頃の私は、メール送信くらいしか出来ませんでしたが、毎晩夜中まで、迷路の出口を探すようにパソコンと格闘しました。とにかく習うより慣れろです。マニュアル見たって、PC言語なんてチンプンカンプン。いじって覚えるしかないのです。そのうち、やっと形になって来ました。 d(-。^)good!
でも、偶然出来るものだから、同じ事が二度出来ない…そんな繰り返しでした。 ???(0^□^0)???
ひとつでも、何か出来るようになると、昨日より進化した自分になったようで、目の下にクマを作りながらも、仕事は充実しているように思っていました。未来の自分は、自分で作る!と自分に言い聞かせて。 ~~~ヾ(〃^。^)o ファイトォー!!
けれども、フェイスプランナーの研修の方は、回を重ねる毎にこのまま続けて行こうか…、と考えるようになって行きました。 (*-゛-)ウーン・・
たまかずら倶楽部
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11:00
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2007年08月13日
ストーリー・オブ・たまかずらvol・3

デッサン、デッサンまたデッサン!
_ロ(。。 )mケシケシ
仕事を続けながら通うため、その年2月に転職しました。 今にして思うと、CBFIには、縁があったというか引き寄せられたように思います。
( CBFIというのは、当時お世話になった会社です。後日お話します。)
期待を抱いて入校式に臨みました。でも、何か私が求めている物と違う… (*-゛-)ウーン・・
初日から、そんな不安がよぎりましたが、課題のデッサンに追われて、
そんな事を考える余裕も無くなりました。ヾ(;´▽`A``アセアセ
デッサンなど、生まれてこのかた描いた事もないのです。デッサンってどう描いたらよいの?
とにかく書店に行き、初心者向きの本を購入しました。
さりとて、本を見ても、どう描けばいいのか、サッパリ分かりません。何の指導も無く、デッサンは、基礎のある人と差がつくばかり。職場も変わり、こちらも人間関係から作って行かなければならない…帰宅ごは勿論、週末は、家から一歩もでないで、ケント紙に向かう、そんな毎日。
φ(・ω・ )かきかき
ところが、デッサンや一般教養の講義の割に、、実技の授業がとても少ないのです。娘のいない私は、自宅で練習というわけにも行きません。友達も仕事で忙しいのに、メイクモデルや、眉カットの練習をさせてくれ協力してくれました。(人´∀`).☆.。.:*ありがとぉ☆彡
そのような日々の中で、、スクールも回を重ねる事に自分自身の思うところとのギャップを感じるようになりましたが、年末の卒業試験を経て、無事卒業証書を手にしました。
ヾ( ̄∇ ̄=ノ バンザーイ♪ヾ(_ _)ノ モヒトツヾ= ̄∇ ̄)ノ バンザーイ♪
ところが、またまた、思わぬ方向に展開するのです。Σ( ̄ ̄ ̄Д ̄ ̄ ̄lll) ガビーン
Age with grace
美しく年麗を重ねる~
肌養生・たまかずら倶楽部
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2007年08月12日
ストーリー・オブ・たまかずらvol・2

さて、東京のカルチャーに通う、と決心し行動開始。資金も無いので、まずは、東名バスで行ってみました。

で、ぷらっとこだま(新幹線)に変えました。当時、あまり知られていなく、予約も取れたし、ドリンク券も付いて、帰りは缶ビールを飲みながら、旅行気分でした。

ともあれ、新幹線に一人で乗るのも初めて、東京駅は、ホームもたくさんあって分らない。
キョロ(^。^ )( ^。^)キョロ 分らなかったら聞く、で、とにかく目的地まで行ったのです。
さすが、東京のスタジオは、洗練された感じで、スタッフの方たちも親切です。レッスンも、4人という事はほとんど無く、満足の行くものでした。 ♪⌒ヽ(*゚O゚)ノ スゴイッ!!!
レッスンは時間内に進み、さすが!と感心したりしました。

とはいえ、これはカルチャーレベル、もっと上を目指したい!
とその冬、入学試験を受け、翌年4月から、養成コースに通い始めました。
~~~ヾ(〃^。^)o ファイトォー!!
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│ストーリー・オブ・たまかずら
2007年08月10日
ストーリー・オブ・たまかずら

誰でも、自分の人生、ふと、考えますよね ( _ _ )..........o
私40歳になった時、80歳まで生きるとしても、半分終わったと思いました…
せめて、残りの半分は、自分自身として生きたい!と思ったのです。
でも、まだ当時は子供達も学生だったので、50歳までの10年間でなんとか道をつけたいな…
と考えるようになりました。(‐”‐;)
そうこうしている内に、長男が東京に行く!と言い出しました。 ガ━━(´・д・`|||●)━━ン
え~!ちょっと待ってよ。当時の静岡から出た事も無い私の中では、外国よりも遠い所、
危険がイッパイ!そんな東京に大切な息子を出すなんて… (^^;))。。オロオロッ。。’’((;^^)
で、息子は、一人で住む所も決め、あっと言う間に巣立って行ってしまいました。
ピョーン°゜°。。ヘ(;^^)ノ スタコラサッサ
その、瞬発力の速さに、母は驚きながら、息子の成長も実感しました…
で!面白いもので、息子が、東京に居ると思うと、東京って、新幹線で1時間じゃん!って、
感覚になったんですねぇ~ ( * ^。)ノ◇””ガンバレ~~~
その頃、いずれは自分も何か、人様に喜んで頂ける事がしたいなぁ~、と思えるようになりました。
でも、介護のような大変な事は、私には出来そうもないし、好きな事を生かせないかなってね。
新聞にも、お年寄りに口紅付けて差し上げたら、とても喜ばれたって載ったりしてたし。
そんな時、新たな道を知ったのです。二男にPC教えてもらい、ネットで調べ、静岡のカルチャーに電話。(^。^ 9"--- モシモシ ところが、定員一杯、キャンセル待ち!
早速、東京に電話しました。東京のスタジオは、1クラス4名マックス、予約も取れるとの事。
え~い、どうせなら東京で習おう!と決心したのです!e(^。^)g_ファイト!!
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